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天正遣欧少年使節ゆかりの地交流事業
天正遣欧少年使節ゆかりの地交流事業とは
キリシタン大名・大村純忠らがローマに派遣した天正遣欧少年使節の4少年にゆかりのある7市1町から中学生が集い、使節の偉大な功績や歴史に触れながら親睦を深めていきます。毎年夏に交流事業を実施し、3年に1度海外で研修を行っています。
諫早市は令和7年度から交流事業を開始しました。
天正遣欧少年とは
戦国時代の日本から、ローマに派遣された伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルチノ、4人の少年です。
天正10年(1582年)に九州のキリシタン大名(大村純忠・大友義鎮・有馬晴信)が宣教師バリニャーノの勧めにより、ローマに4人の少年を派遣しました。
一行は、ローマ教皇やスペイン国王に謁見するなどして、実に8年の歳月をかけ天正18年(1590年)に帰国しました。
帰国後に千々石ミゲルは天正19年(1591年)にイエズス会へ入会しますが、慶長6年(1601年)に脱会して大村藩に仕え、名を千々石清左衛門と改め、妻を迎えました。慶長11年(1606年)に大村藩がバテレン(宣教師)追放令を発した後、当時の大村藩主の大村喜前からの信頼を失い、有馬へ逃れ、さらに慶長17年(1612)までに、長崎に逃れたと言われています。
近年の学術的な調査により、千々石ミゲルは諫早市多良見町の伊木力で64年の生涯を終え、寛永9年(1633)、息子の千々石玄蕃の手のより、現在の諫早市多良見町の伊木力(江戸時代には大村藩領の伊木力村)にある墓地に葬られました。
天正遣欧少年使節には、諫早市出身の、コンスタンチノ・ドラードが参加しており、日本に活版印刷の技術を持ち帰りました。
ゆかりの地
宮崎県西都市、雲仙市、西海市、波佐見町、南島原市、熊本県天草市、大村市、諫早市
諫早市は令和7年から、天正遣欧少年ゆかりの地首長会議に加入し、ゆかりの地交流事業をスタートしました。
- 天正遣欧少年ゆかりの地首長会議の構成市町と4少年のゆかり
- 宮崎県西都市:伊東マンショの出身地
- 長崎県雲仙市:千々石ミゲルの出身地
- 長崎県西海市:中浦ジュリアンの出身地
- 長崎県波佐見町:原マルチノの出身地
- 長崎県南島原市:有馬晴信の出身地、4少年が学んだ地
- 長崎県大村市:大村純忠の出身地、千々石ミゲルが過ごした地
- 熊本県天草市:コレジヨ、4少年が帰国した地
- 長崎県諫早市:千々石ミゲル終焉の地
令和8年度の事業について
千々石ミゲルをはじめとした天正遣欧少年使節の4少年たちのゆかりのある市町村とともに交流事業を行います。
令和8年度は熊本県天草市で開催予定です。ぜひ、ご参加ください。
具体的な応募方法の詳細については、後日、こちらのページでお知らせします。しばらくお待ちください。
過去の交流事業
令和7年(2025)8月18日~25日 令和7年度天正遣欧少年使節ゆかりの地首長会議海外派遣事業
訪問地:イタリア(ローマ、フィレンツェ、ボロ-ニャ、ベネチア、ミラノ)
諫早市派遣:中学生2名、職員1名 ※派遣団25名
関連サイト
・世界遺産 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産(https://kirishitan.jp/)
長崎と天草地方のキリスト教関連歴史文化遺産群ウェブサイト おらしょ心旅(https://oratio.jp/)

