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猟師重太夫と天狗(高来地域)
今回は、山で狩りの仕事をしている重太夫という人のお話です。猪を獲りすぎて、山の神様がご機嫌を悪くしなければよいのですが…。はじまり、はじまり。
昔、多良岳の山奥に重太夫(じゅうだゆう)という猪獲りの名人がいました。鉄砲撃ちの名人と評判で、もう九百九十九頭も獲っていました。あと一頭で千頭になります。
ある日、今日は千頭目をしとめようと多良岳の奥へとやってきました。待ち場で猪が来るのを待ちます。ところが、この日は待っても待っても、猪はやってきません。それでもあきらめずに待っていると、目の前をちょこちょこと通り過ぎるものがあります。ミミズでした。なーんにもすることがないので、ミミズが這って行くのをだまーって見ていると、そのうしろからカエルがぴょんぴょん跳ねながらやってきます。そうしてミミズに追いついたかと思うと、ぱくりとそのミミズを飲み込んでしまいました。ほーっ、と見ていると、そのカエルのすぐ後ろには蛇がやってきていました。そうしてミミズを飲み込んだばかりのカエルにおそいかかると、さっとひと飲みに飲み込んでしまいました。
そのすぐあとです。こんどは猪がやってきました。もう、目の前に猪がいるのですが、重太夫は獲るのを忘れたように、じーっと蛇と猪を見ていました。と、猪はおいしいごちそうを見つけたとばかりに、その蛇に襲いかかり、ぱくりと口にくわえるとおいしそうに、むしゃむしゃと食べてしまいました。
すぐそばにはごちそうを食べ終えたばかりの猪がいます。重太夫はこれが千頭目だ、と鉄砲を構えました。構えながら考えました。「こい(猪)をおいが撃ったいば、次はおいたいね…」
重太夫はなかなか撃てません。とうとう撃つ気をなくしてしまいました。
この猪を撃つと次は自分が食われるかもしれないと、そーっとあたりをうかがいます。「はははは、ははははは」と笑い声が聞こえます。上のほうからです。びっくりして声のするほうを見ると、高い木のてっぺんのところに天狗さんがいるではありませんか。
重太夫は恐ろしくなり、思わずしりもちをついてしまいました。
天狗は「重太夫、よく考えたな、さすがは名人と言われた者だ」と言うと、さっと姿を消し、見えなくなりました。
重太夫は、「これはきっと天狗さんが自分をためしたのに違いない。もし猪を撃っていたら天狗さんにやられていただろうなあ」と、それから猪を撃つのをやめてしまいました。そいばっか。
諫早史談会 川内 知子
絵:中路 英恵さん
※このお話は、小長井地域にも伝えられています。
※「そいばっか」は昔話のおしまいの決まり文句のひとつです。