米俵をしめていて鎌で大怪我をした男のイラスト

昔、小長井の遠竹には、鶴田遠江守という殿様がいました。ある年の秋、畑にゴマがたくさん育っていたころ、となりの敵が攻めてきました。敵はなかなか強く、しかたなく殿様はゴマ畑のなかへ隠れました。ところがこのとき、殿様の目にゴマがささり、びっくりした殿様は思わずゴマ畑のなかから立ち上がってしまいました。殿様を探していた敵は畑の中からあらわれた殿様を、それっと、つかまえてしまいました。殿様はたいそう怒って、自分が捕らえられたのはゴマのせいだから遠竹では今後、ゴマを作ってはならないといいました。そのときから、遠竹ではゴマを作らないようにしていました。
それから何年もたったころ「ゴマんせいで殿さんの負けたっていうとは迷信たい」といって、ある男がゴマを作りました。秋になり、ゴマは大豊作。男は得意になっていました。そしてこの年は米もよくとれました。もう男は大喜びで俵に米を詰めます。
何俵もの米俵をしめている最中のことです。足にぐさり、と何かがささり大怪我をしてしまいました。見ると俵のなかに鎌があるではありませんか。男はそれを見てびっくり。「やっぱいゴマば作ったけん罰んあたったとばい」といったそうです。
それからまた、だいぶたったころ、遠竹に嫁さんがやってきました。働き者の嫁さんで、朝早くから夕方の、もうお日さんが沈むころまで畑に出て鍬を振るっていました。嫁さんは畑を打ちながら、ここではどうしてゴマを作らないのか不思議がっておりました。あるとき、まわりの者からゴマを作ったせいで罰かぶった話を聞きますが「そがんことのあるもんね」と、一向に気になりませんでした。そして、今度は、自分が作ってみようと思い立ち、さっそく、里からもってきたゴマをまきました。
秋になりました。ゴマは大豊作です。嫁さんは、それを見て「ほら、やっぱい作ってよかったー」と大喜び。ところが、ゴマを刈った翌日のことです。朝、目をさました嫁さんは、なにやらいつもと様子がちがうなあと思いながらあたりを見まわしました。あーっ、なんと片方の目が見えなくなっているではありませんか。もう嫁さんはびっくり。どうしたことかと悲しんでいると、村の人たちが「ゴマば作ったけん罰んあたったとやろ」とうわさしあっているのが耳にはいりました。それを聞いた嫁さん。ゴマを作らなければよかった、とたいそう後悔しました。それからというもの遠竹では、ゴマを作ると不幸があるとして誰もゴマを作らなくなりました。そいばっか。

諫早史談会 川内 知子
絵:中路 英恵さん

この民話が伝わっている遠竹本村では、言い伝えを守り、今でもゴマを作っていないそうです。

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