国の登録文化財に
平成18年9月15日に国の文化審議会が文部科学大臣に答申を行った大正時代の「旧小川家住宅主屋・石垣」が、平成18年11月29日付で国登録有形文化財に正式登録されました。

沿革
飯盛町里にある旧小川家住宅は、橘湾に注ぐ田結川の川口に西面して立地しています。旧地名は北高来郡田結村で、ここで医師を勤めていた小川法民(ほうみん)氏が大正9年(1920年)に邸宅として建築したものです。また、石垣は、建物建築年代より古い大正時代に築かれたと考えられ、堂々とした外観は古くから地元に親しまれ、平成13年には現在の所有者が傷んだ箇所を改修し、「寺子屋小川亭」と名づけて地域の文化交流の場として活用されています。

構造
主屋建物は、木造平屋建て、桟瓦葺き(さんかわらぶき)※1、寄棟造り(よせむねづくり)※2で、四周に庇(ひさし) が巡らされています。土間に入る玄関や勝手のほかに、式台(しきだい)※3がつけられています。
間取りは、6畳3室、8畳3室、土間、台所、浴室、便所から構成。南西隅の8畳は、7尺幅の床と付書院(つけしょいん)※4をつけ、床柱は杉の磨き丸太。北側の8畳は、東面に仏壇が作りつけられています。
2室の部屋境の襖には、法慶氏による書で「心體尚虚、事功尚実、実功虚心、賢者能之」と書かれています。これは、「心と体は形があるようでないもの(「虚」)を尊ぶ。生きていく方便としては実のあるものを尊ぶ。実功虚心。賢者はこのことをよく知っている。」という意味です(出典不明)。
また、いずれの部屋にも欄間(らんま)※5に彫刻か組子障子(くみこしょうじ)※6が入れられています。
さらに、建物が建つ石垣は、高さ4mほどで、生け垣を巡らせています。

価値
本主屋は、式台をつけ、部屋ごとに異なる欄間を入れ、床を1間幅よりも広くするなどの高い格式をもちます。建具の配置によって内部空間を広くも狭くも使えるよう工夫され、医師の住宅として来訪者が集い交流を行ったことがうかがえます。
本住宅は、大正時代の医師の暮らしぶりを伝える貴重な建物です。

※登録文化財の基準において、主屋は「建設後50年を経過し、国土の歴史的景観に寄与しているもの」に、石垣は「建設後50年を経過し、再現することが容易でないもの」に該当します。

※1【桟瓦葺き】
断面が波形の瓦
※2【寄棟造り】
大棟から下方へ四方に葺き下ろした屋根
※3【式台】
住宅における公式の出入口。玄関の前に設けられた板敷きの部分。送迎のあいさつを意味する色台からくるといわれる。
※4【付書院】
床の間の脇に装飾的に設けられた窓形式の装置。
※5【欄間】
部屋と廊下、部屋と部屋の間の鴨居の上部に壁のかわりに入れる化粧部材。いろいろな図柄を掘り込んだものが多い。
※6【組子障子】
ふつうの障子は格子目であるが、組子を縦・横・菱組などさまざまに組んだものをいう。本住宅の場合は、これを欄間に用いている。

旧小川家住宅(現在は寺子屋小川亭)
旧小川家住宅(現在は寺子屋小川亭)

見事に積み上げられた石垣
石垣

式台(しきだい)
式台(しきだい)

床の間・付書院(つけしょいん)
床の間・付書院(つけしょいん)

襖(ふすま)
襖(ふすま)

お問い合わせ
総務部 秘書広報課
〒854-8601  長崎県諫早市東小路町7-1
(秘書担当:本庁・本館4階)
(広報担当:本庁・本館5階)
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